Dementor

英語で読む ハリーポッターとアズカバンの囚人 第5章-3「ディメンター」

dementor とは「邪悪で恐ろしげな化物」のこと。

ハリポタ以前から存在する言葉で、ラテン語の demens「キチガイ」「狂気」が語源だそうです。

Dementor

5章のラストは趣向を変えて、Harry Potter Wiki の Dementor の解説から Early history の拙訳です。

Harry Potter Wiki 日本語版に吸魂鬼として上記の翻訳があるのですが、ずいぶん省略された抄訳版ぽいので、省略箇所を補う形でリライトしてます。

なお、本体の Wiki を編集する気力はありませんッ(`・ω・´)

2017/5/22 更新:
本体の Harry Potter Wiki 吸魂鬼を修正してみました。サイト全体の整合性をとるためにやむなく変更した箇所(ディメンター → 吸魂鬼 など)はありますけど、基本的に以下の内容のままです。

Early History

調査のためにアズカバンに入ったものたちは、見たことを問われても黙して語らなかった。しかし塀の中をディメンターが跋扈していたことは真の恐怖への序章に過ぎなかった。
J. K. Rowling on the early history of Azkaban – Pottermore

イギリスの魔法社会におけるディメンターの歴史はある場所と分かちがたく結びついている。アズカバンだ。北海に位置し、内部に魔法使い用の牢獄を擁するこの島が地図に記されたことはない。たとえ魔法使いの地図であろうと、マグルの地図であろうと。最悪の部類の闇の魔術を研究した”エクリジス”が要塞を築いた最初の居住者だと言われている。エクリジスはマグルの船乗りをアズカバンに誘い込んでは拷問し、殺害していた。彼の死後、かけられていた様々な隠蔽の呪文が解け、魔法省は謎の要塞の存在に気づく。

廃墟となった要塞を訪れた調査隊はディメンターのコロニーを発見した。報復を恐れた魔法省はこの闇の魔物たちをアズカバンから追い払うことができず、この巨大なコロニーをそのまま残すことに決めた。

1718年に魔法省大臣に選出されたダモクレス・ロウルは、ディメンターを看守にしてアズカバンを牢獄にすれば費用、時間、脱獄を減らせると主張した。この計画は最終的に実行に移され、各方面からの反対にもかかわらず、脱獄がほぼ不可能であるという理由から第二次魔法大戦まで牢獄として使用された。以来、ディメンターはアズカバンの看守として魔法省に仕え、塀の中で囚人の生気を貪ってきた。
1733年から1747年まで魔法省大臣を務めたエルドリッチ・ディゴリーはアズカバンを訪れ、ディメンターが囚人に与える絶望と狂気に恐怖した。ディゴリーはアズカバンの代替を見つけるべく委員会を立ち上げ、ディメンターを排除しようとしたが、人々は餌を奪われた闇の魔物たちが本島を襲うのではないかと恐れ反対した。そうこうするうちにディゴリーはドラゴン痘症にかかり、執務室で死亡。魔法使いの牢獄を改革しようという彼の運動は頓挫した。

魔法界では、ディメンターがアズカバンの看守をしている限り枕を高くして眠れるという意見が多数派だった。どんなに危険な囚人も脱獄は事実上不可能だからである。しかし中にはディメンターは信用ならないと考えるものもいた。闇の魔法使いが現れ、魔法省より多くのものをディメンターに約束すれば、奴らの忠誠心などどう転ぶかわからないというわけだ。とりわけアルバス・ダンブルドアは、そもそもそのような化け物と盟約を結んだこと自体、魔法省の失態であると考えていた。一方アラスター・ムーディは、デス・イーターのような凶暴な連中はアズカバン送りがふさわしいという考えを持っていた。